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「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」12(授業づくりのなかで 8 大化の改新の授業・排除の思想と共存の思想)
戦前の教科書の乙巳の変の記述はこんな感じです。明治44年(1911年)版「尋常小学校日本歴史」です。余談ですがまだこの時代は「日本歴史」ですね。 (注)明治33年制定の小学校令は、当初教科目名を日本歴史としていた。 しかし、大正9年からの国定教... -
今年も素晴らしい追試実践研究が始まっています!(兵庫県)
神戸の小山先生もいい感じです♪ 写真を送ってくれました。意見をまとめたり、学びを振り返ったりする力がついてきているのがわかります。 参考までに。 4日の問題は「巨大な古墳を実際に土や石を運び造ったのは、大勢の民衆でした。彼らはどんな思い古墳を... -
今年も素晴らしい追試実践研究が始まっています!(千葉)
今年は渡邉校長が熱い ぜひこの実践を刮目して見ていてほしい。 ありがたいことです。 こういう傑出した教育者がぼくみたいなちゃらんぽらんなヒトの仕事を継承してくださるのが不思議ですね。 たぶん日本が凄いからだろう 以下渡邉先生は引用です。 船橋... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」11(授業づくりのなかで 7)
「文科省がそんな立派な「目標」を書いているのにそれをスルーさせているのはなぜですか?」 という質問をいただきました。素晴らしいご質問です!ズバリ言うとお役人たちは「国を愛する心情」や日本人としての誇りを育てることに賛成していないからだと思... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」10(授業づくりのなかで 6)
「日本が好きになる!歴史全授業」は文科省学習指導要領に準拠してつくることを基本としてきました。現役の小学校教員だったからです。何よりもまず自分の仕事をより楽しく実りあるものにするためにつくってきました。公務員ですから教育基本法以下の法令... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」9(授業づくりのなかで 5)
無計画に書き始めたものが長くなっている。歩きながら考えるタイプなのでやむをえない。「皇国史観」についてはやっぱり考えておかなくてはいけません。でも簡単ではない。なのでこのまま進みます。 聖徳太子の授業を3つつくって試し授業もやって子供たち... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」8(授業づくりのなかで 4)
青年時代の聖徳太子は仏教礼賛でありチャイナの漢字文明への強い憧憬を抱いていた。 二十歳で推古天皇の皇太子・摂政になってすぐにやったのは「仏教興隆の詔」だった。掘っ立て柱建築しかなかった飛鳥や畿内に仏教伽藍が建てられていく。柱は頑丈な石の上... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」7(授業づくりのなかで 3)
縄文と弥生はまあ仕方がないとしても、「古墳時代」というのはどうなんだろう。古墳時代を箸墓古墳から始めるけれど、その前にも円墳・方墳その他の多様な古墳の時代があった。弥生の墳丘墓はどうなのか? 始まりだけじゃない。飛鳥時代だってまだ古墳の... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」6(授業づくりのなかで 2)
古墳時代 「古墳時代」で大和朝廷(王権)による日本統一を教えます。 むかしは「大和時代」でしたが古事記・日本書紀の歴史は教えないのが戦後教育の縛りになっているので、考古学名称である「古墳時代」が採用されています。「大和時代」のほうが時代の... -
「皇国史観」と「日本が好きになる!歴史授業」5(授業づくりのなかで)
戦後の教育界では「皇国史観」は軍国主義の中心のイデオロギーとみなされてきたから、79年後のいまもそのアレルギーははなはだしい。たぶん90%以上の教師が否定的だと思います。つい最近もむかしから同志だった先生「さもすがに皇国史観はちょっと抵抗が...