加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)に、
竹内好「大東亜戦争と吾等の決意」からの引用がありました。
歴史は作られた。
世界は一夜にして変貌した。
われらは目のあたりにそれを見た。
感動にうちふるえながら、虹のように流れる一すじの光芒のゆくえを見守った。
(中略)
12月8日、宣戦の大詔が下った日、日本国民の決意は一つに燃えた。
爽やかな気持ちであった。
(中略)
率直にいえば、われらは支那事変に対して、にわかには同じがたい感情があった。
疑惑がわれらを苦しめた。
(中略)
わが日本は、東亜建設の美名に隠れて弱いものいじめをするのではないかと今の今まで疑ってきたのである。
(中略)
この世界史の変革の壮挙の前には、思えば支那事変は一個の犠牲として堪え得られる底のものであった。
(中略)
大東亜戦争は見事に支那事変を完遂し、これを世界上に復活せしめた。
今や大東亜戦争を完遂するものこそ、われらである。
『中国文学』80号 1942年1月1日
大東亜戦争が、朗らかで明るい、清々しい、と受け止められたのは様々な証言からわかります。
敗戦後には、「弱いものいじめ」という感受は甘かったことがわかりますが、
支那事変は、当時重苦しく、気の進まない、戦争になっていました。
長引いて、戦争目的もわからなくなっていなっていたからです。
(すぐ終わると考えて始めたから、ということもあるでしょう。)
竹内好の著作は買った覚えはないが、
吉本隆明や橋川文三がしばしば引用していたので、
とても印象に残っています。
なつかしい名前に遭いました。
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今日は入学式でした。
高校と中学と合同で、
およそ1000名の新入生を迎えました。
桜が満開で、風もない、よい日でした。
春に新しい人を迎えるのはいいものですね。
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