「あるある」をタイトルにしましたがそれは最後に書きます。
坂靖さんの『ヤマト王権の古代学--「おおやまと」の王から倭国の王へ』(新泉社)を読んだ。
ヤマト王権の話はみんな古墳の話だが、坂さんが素晴らしいのは古墳に葬られた偉大なリーダーがどの範囲の地域集団を統治していたかを明らかにしていくところにある。
奈良盆地の弥生時代から古墳時代にかけて、地域集団(水田・集落・宮殿)と古墳を関連づけてヤマト王権の成立をあとづけていく。具体的には土器の編年・埴輪の編年・土師器の編年を実年代と関連づけて、奈良盆地や大阪の考古学遺跡を「年代ごとに読み解いていく」ことになる。
そうすると唐古・鍵遺跡とまき向遺跡を含む「おおやまと」古墳集団の王が、奈良盆地全域の古墳集団をおさえ、やがて河内の地域集団をまきこみ「倭国」の王になったという話になる。それが「倭の五王」であり、はじめてシナの冊封体制に名乗りを上げたヤマト王権の王たちだった。
卑弥呼の話は表だって書いていないけれど、3世紀の「おおやまと」古墳集団はまだ鉄もなく、生産力も低く、シナ大陸との交流もほとんど見られない。当時の北九州のくにぐに(漢の鏡がいっぱいある)とは比べられないというわけだ。卑弥呼は九州にいてヤマト王権とは関係がないという結論になった。
ぼくがごひいきの若井敏明さん(『神話から読み直す古代天皇史』『謎の九州王朝』)の『日本書紀』を読んでいく古代史と結論は同じだった。
さてようやく「考古学者あるある」の話。
この本も!第1章は「神武天皇と闕史八代」でこういうことを書き連ねて近現代史への無知をさらけ出している。せっかく面白い本なのに、情けない限りの「考古学者あるある」だった。
(引用)
「2018年は王政復古の大号令が掲げられた明治維新から150年である。各地でそれを記念する展示が行われた。明治維新は近世の封建社会や鎖国政策からの解放ではあったが、天皇主権を根幹とした帝国主義・軍国主義へのはじまりでもあった」(P36)
「近年こうした歴史観を肯定し、復古的な歴史への修正を求める風潮が、政治家はもとより、歴史教育や歴史研究にまで影響を及ぼしているのは、きわめて残念なことである。「教育勅語」の肯定は論外であるが、昭和史の一方的、一面的な見直しなどについては、政治的な背景を感じずにはおれない。
さらに古代史においてはその真実性を疑うこともなく天皇は万世一系であるとし、神武天皇の実在性や、皇統の一貫した優位性や連続性を説く論者が見られるなど、いまなお戦前に歪められつくり替えられた歴史が黒い影を落としている」
(引用終わり)
「GHQに歪められつくり替えられた歴史」に洗脳されたままの考古学者をどのように導けばいいのだろうか?
しかもこの先生は「明治からもう暗黒だ」史観ですからね。
困ったものです。
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