「東京裁判」の授業は島小学校のまほろば一代目にやりました。2000(平成12)年12月です。この年の歴史授業がいまある全授業の原型になっています。運動をはじめて5年でした。
社会科歴史教科書の「昭和の戦争」はこの裁判の検察側意見と判決にもとづいて書かれていますから、まずこれを授業にしようと考えたのです。たぶん小学校に東京裁判を教えたのはこれが本邦初でした。歴史に残ります。
今日はこの授業をかんたんに紹介してみます。
1 導入 東京裁判とは何か
東京裁判とは何かをざっと教えます。キーになる情報はこれです。
(ぼくは黒板とチョークの授業でやっていて、スライドは使っていません。パワポの授業用スライド集は10年前に追試運動を始めてからつくったものです)

◆戦争に勝った国が負けた国日本の指導者を犯罪者にして「裁判」をしました。ちなみに当時も今も「自衛戦争」は犯罪ではなく、その戦争が自衛かどうかは当事者の国家が決めることにされていました(国際法については明治維新以来おりにふれてし指導ておく)。
2 裁判の経過 検察側の意見と弁護側の意見
◆数年にわたった両者の弁論の要点だけをまとめたプリントを配り、読み上げます。
(引用始め)
東京裁判 検察側の意見(連合国)
◆被告は有罪だ
日本は太平洋戦争において、「平和に対する罪」と「戦争犯罪」をおかしました。した
がって当時日本の指導者だった被告たちは明らかに有罪です。
【平和に対する罪】
①日本はアメリカを攻撃し、平和をやぶった
1941 年 12 月 8 日、日本海軍の航空部隊がいきなりハワイの真珠湾にあったアメリカ海
軍基地を攻撃してきました。それはここにいる被告たちの命令でひき起こされたのです。
日本が攻めてこなければこの戦争は起きていないのですから、この戦争の全責任が日本に
あることは明らかです。
当時から世界の国々はこのような侵略戦争を禁止していました。日本はこの約束に違反
して「平和に対する罪」をおかしたのです。
しかも日本から「戦争を始める」という手紙が届いたのは、真珠湾攻撃が始まった後で
した。われわれは、このようなひきょうな不意打ち攻撃を断じて許すことができません。
②日本は中国を侵略した
日本の平和に対する罪は、中国への侵略にもあてはまります。侵略とは、理由もなく一
方的によその国に攻めこんでそこを自分のものにしてしまうことです。満州事変も日中戦
争も、日本の戦争はすべて自分勝手で強盗のような戦争でした。
③日本は東南アジアにも侵略した
さらに日本は、イギリス・オランダ・アメリカの植民地だったビルマ・インドネシア・
フィリピンなど、東南アジアにまで侵略してきました。そして西洋諸国が築き上げてきた
アジアの平和をやぶったのです。それは東南アジアにおける西洋諸国の正当な権利をふみ
にじり、東南アジアを自分たちの利益のために支配しようとして行われたものなのです。
【戦争犯罪】
●日本は戦争犯罪を犯した
日本軍はいたるところで戦争のルールをやぶり戦争犯罪をおかしました。中国や東南ア
ジアのふつうの市民を殺したり乱暴したりしたのです。なかでも南京大虐殺はひどいもの
でした。何万人もの市民が日本軍によって残虐に殺されました。これは国際社会が決めた
戦争のルールに違反した恐ろしい犯罪でした。
それ以外にも日本軍の戦争犯罪はたくさんあります。日本軍が東南アジアを占領したと
き、わが連合国の捕虜たちが日本軍によって虐待されました。フィリピンでは、大勢の市
民が殺されたり暴行されたりしました。
これらの戦争犯罪に責任のある被告たちが、有罪であることは明らかです。
東京裁判 弁護側の意見(日本)
◆この裁判はルール違反だ
国際社会のルールでは戦争は犯罪ではありません。また戦争を指導した個人を犯罪者と
して裁くなどという話は聞いたこともありません。この裁判そのものがまったくのルール
違反なのです。もし裁判を続けるとしても、この戦争の責任がすべて日本だけにあるとい
う検察側の主張は認められません。弁護側は被告全員の無罪を主張します。
【平和に対する罪】
①日本は自衛戦争を戦った
たしかにアメリカのハワイを先に攻撃したのは日本です。
しかし、それは自分の国を守るための戦いでありパリ不戦条約も国を守る自衛戦争は禁
止していません。わが国は資源にとぼしく西洋諸国のようにたくさんの植民地もありませ
ん。貿易しなければ生きていけない国でした。その貿易の道を閉ざして日本が生きていけ
ないように追いこんだのは、アメリカをはじめとする連合国の方なのです。日本は生きる
ためにやむなく戦争という手段にうったえたのです。この戦争の責任は日本をそこまで追
いつめたアメリカにあるのです。
また日本には不意打ちの攻撃をする考えはありませんでした。「戦争を始める」という
手紙は攻撃が始まる前に届くように送られていました。それが遅れたのは偶然の結果であ
りここにいる被告たちの責任ではありません。
②中国にも責任がある
中国との戦争についても同じです。わが国が日露戦争で手に入れた南満州鉄道や鉱山を
経営する権利、そこで日本人が生活する権利などは中国が条約で認めた正当な権利でした。
それが中国人によって攻撃されたり日本人が殺されたりしました。満州事変はこの日本の
権利と日本人の命を守るために始まったのです。
また日中戦争は中国軍が始めた戦争であり日本は受けて立っただけなのです。和平の機
会が何度もつぶれて長引いたことは日中両国が反省すべきですが、この戦争を日本の一方
的な侵略戦争だと決めつける検察側の主張はみとめることができません。
③東南アジアを日本の領土にしようとしたのではない
日本は東南アジアを支配していたイギリス・オランダ・アメリカと戦い、彼らを東南ア
ジアから追い出しました。東南アジアの人々はこの戦いによって独立国になれる可能性が
出てきたことを喜びました。だからこそインド・ビルマ・インドネシアなどの独立運動家
たちは日本軍と共に戦ったのです。この戦争はアジアにアジア人自身による平和な秩序を
つくり出すための戦いでした。日本は東南アジアを自国の領土にしようとして戦ったので
はありません。
【戦争犯罪】
●すべての国が戦争犯罪を犯した
南京大虐殺は事実とちがうので認めませんが、わが国の軍隊もときにルールを守らなか
ったことがあったことは認めましょう。しかしそれは戦いの混乱の中で起きたことであり- 3
ここにいる被告たちが命令したことではありません。戦争犯罪は、日本だけが犯したあや
まちではありません。連合国もまたその罪から逃れられないのです。東京大空襲が市民の
大量虐殺であったことは明らかです。また原子爆弾ほど人の道に反した戦争犯罪があるで
しょうか。さらにソ連は戦争が終わった今もなお日本人捕虜をシベリアで虐待しています。
これらの戦争犯罪はいったい誰が裁くのでしょうか
(引用終り)
◆戦勝国が敗戦国を裁く戦争裁判はドイツに対する「ニュルンベルク裁判」が最初でした。ドイツの場合は
「平和に対する罪(侵略戦争を始めたこと:A級戦犯)」
「通常の戦争犯罪(従来の戦時国際法に違反したこと:B級戦犯)」
【注】一般人を殺害する、捕虜を虐待したり殺害する、軍服を着ないで戦うこと、などが戦争犯罪です。
「人道に対する罪(ユダヤ人大虐殺などの人道にもとる行為:C級戦犯)」の3つで裁かれ、人道に対する罪(C級戦犯)の裁判が最も重視されました。しかし、これは戦時国際法違反ではなく、それまでの国際法では裁けない犯罪でした。それで直前にこれを裁くための条例がつくられました。
◆その日本版が「東京裁判」ですが、当初はドイツと同じ枠組みでやるはずでした。
しかし、日本の場合はどうやっても「人道に対する罪(C級戦犯)」が見つからない。南京事件でを「人道に対する罪」にしたかったようなのですがこれは難しいとわかります。南京事件自体がでっち上げなわけですからそんなことはすぐにわかります。それ以外は「通常の戦争犯罪」としても温厚なものばかりで、アメリカのやった都市無差別空襲や原爆は文句ない「人道に対する罪」でした。
そういう次第で、東京裁判では「平和に対する罪」と「戦争犯罪」だけが裁かれています。前者がa級戦犯で、後者は正しくはB級戦犯ですが、GHQはこれをあいまいにしてBC級戦犯とよびました。日本にはドイツで裁かれたC級戦犯は一人も見つけられなかったわけすね。これはとても重要です。公平な裁判であればトルーマンは原爆投下命令によって明白なC級戦犯です。
3 子供たちの発言
◆この最初の授業記録は『新版・学校で学びたい歴史』(青林堂)に入っているので、そこから引用してみます。
(引用はじめ)
『今日は立場がある人も、ない人もいると思いますから、自由に出てくれていいです』
私が第一発言者を指名して感想発表が始まった。発言した子が次の発言者を指名するというリレー発言である。自分の考えを持ち、それをみんなに伝えることが大切だということを、一学期からずっとやってきた。歴史の授業もいよいよ大詰めである。今回も時間の許す限りなるべく多くの子どもの言葉を聞きたかった。こうして、三十五人中、自ら挙手して発言を求めた二十七人が次々と思いを述べていった。
ここではその中から十人の発言を紹介してみる。
「アメリカや他の国はまちがっていると思う。自分たちは広島や長崎に原子爆弾を落として何十万人もの人を殺したのに、なんで日本だけが裁かれなくてはいけないのかと思った。それに南京大虐殺なんて事実とちがうのにと思った。日本に平和を守ろうという気持ちがなかったわけではない」
「アメリカも日本もやったことはどちらも悪いと思います。日本もルールを破ったのは悪いけど、アメリカもこうなったことには責任があるんだから、どっちもどっちだと思います」
「検察側の意見だけ聞くと日本ばかりがルールを破っていて悪いようだけど、弁護側の意見を聞いて、それはちがうと思った。日本もルールを破ったのを反省しなければいけないけれど、戦争に加わった連合国も原爆を落としたりしてルールを破っているので、連合国側も反省するべきだと思う」
「日本もアメリカもどっちもどっちと思われるが、やっぱりアメリカはちがっていると思う。真珠湾を攻撃したのもアメリカが貿易を止めたのが悪い。日本が戦争を始めるのが遅くても、どうせアメリカは攻めてきたような気がした。中国との戦争にも日本を守るという意味があったし、原子爆弾や東京大空襲はズルイと思う。ぼくは断じて日本を応援したい」
「ぼくは両方とも言っていることは正しいと思う。だけど、日本だけがルールを破ったわけじゃないのに、日本だけを被告にするのはおかしい。連合国が貿易の道を閉ざして日本が生きていけないようにしたんだから、そのために日本が戦争を行ったんだからしょうがないと思う」
「私はアメリカのほうが悪いと思う。どこの国にも間違いはあるし、大量虐殺をした国は他にもある。日本だけに罪を与えるのはまったくもって不平等だと思った。やっぱり日本は差別されているように感じた」
「アメリカは日本が一方的に悪いといっているが、アメリカも東京に大量の爆弾を落とし罪もない人をたくさん殺している。広島に原爆を落とし何万人という人を殺している。アメリカは日本だけが悪いとは言えないと思う」
「両方の意見を聞いて、私は日本側の意見が正しいと思った。日本側は過ちを認めているし少しは反省している。でもアメリカ側は一方的に日本が悪いと決めつけている。アメリカ側は日本の住民を無差別に殺している。そんなことをしているアメリカ側も罪を負うべきだと思う」
「ぼくは両方の意見がよくわかった。しかし、日本が一方的にいけないということではないと思う。日本もルールを破ったのは確かだけど、原子爆弾はものすごい力がある。国民もいっぱい殺してしまった。連合国の意見もわかるけど、やはり連合国のほうが悪いと思う」
「二つの意見を読んで、アメリカのほうが悪いと思いました。最初に攻撃したのは日本だけど、日本の国を守るためだからしょうがないと思いました。連合国側だってふつうの市民をたくさん殺したので、アメリカのほうが悪いと思いました」
両方とも悪いという感想がある。原爆や東京大空襲の残虐を指摘して日本よりもアメリカの方が悪いという感想がある。日本を応援したいという強い言い方もある。論点については、東京大空襲や原爆の学習の印象が強かったのだろう、戦争犯罪について述べたものが多かった。また、開戦責任に触れて日本の立場を弁護した意見もあった。
ポイントは、両方悪いとしたら一方的に日本だけを被告にするのはおかしい、この裁判は不平等だという意見である。
子供たちは戦争を肯定しているのではない。戦争を行う国の責任は大きいと考えている。それが両方悪いという主張になる。だからこそ、ここで戦争の責任が問われるというのなら、公平に裁かれなければならないと主張するのである。これは「勝者の裁き」であった、東京裁判の核心をついた批判だといえるだろう。
『はい。ちょっと時間が迫っていますから ここで打ち切りましょう。どうしても出しておきたい意見はありますか?』
この問いにさらに二名が立った。
「戦争になるのがわかっていながら、日本を追い詰めてきたアメリカは、日本よりも先に戦いを仕掛けていたことと同じだと思いました」
「アメリカも日本も相手が悪いと言っているが、どちらも悪いのだから、両方が裁かれなくては裁判の意味がなくなると思います」
公平な資料で検察側と弁護側それぞれの言い分を追いながらも、やはり子供たちの多くは日本人としてこの裁判をとらえようとしたのである。
(引用終り)
◆ぼくのような考えで歴史を教えたら「知性のない、粗野で好戦的な子供が育つ」と言われたことがあったが、この子たち意見や話し方を聞くとそれが間違いだったとわかるはずです。
この子たちは感情に流されずどの子も大変冷静です。決して粗野ではありません。
また両方の主張をよく読み取り、これまでの学習を生かしながらしっかり自分の意見を述べています。12歳にしてこれなら十分に知的であると言っていいでしょう。
また戦争に対する批判的な視点と平和を願う真摯な心が伝わります。決して好戦的ではありません。
彼らの主張はすべて間違っていたと言えるでしょう。単に攻撃するためだけに言っていたのかもしれません。
◆子供達は日本人だし、子供たちの祖父や曾祖父たちは裁かれる側だったんだから、子供たちの感想は自然でよいと思っていました。
しかし、授業記録を読んだ管理職と社会科専門の先生は「こういうことを子供たちが発言しちゃうのは社会科授業としてはやっぱりまずいね。そもそも東京裁判を教えること自体がダメだよ」という意見でした。
◆たぶんこれが現在でも教育界の常識的な意見だと思います。
ただし彼らがぼくを密告したり弾圧したりすることはありませんでした。彼らがぼくのやっていることを「研究」として認めてくれていたことを感謝しています。
(明日につづく)
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