『日本書紀』によれば、物部氏の祖ニギハヤヒノミコトです。
神武天皇は最後に長髄彦(ナガスネヒコ)を攻めた
ナガスネヒコは言う。
「昔、天神の御子が天磐船(アマツイワフネ)に乗って天より下りてきました。
名を櫛玉にぎ速日命(クシタマニギハヤヒノミコト)と言います。 ニギハヤヒノミコトは私の妹・三炊屋媛(ミカシキヤヒメ)をめとり、可美真手命(ウマシマデノミコト)が生まれました。
*『先代旧事本紀』では宇摩志麻治命(ウマシマジノミコト)
そこで私はニギハヤヒノミコトを君として仕えてきました。
いったい天神は二人いるのですか?
あなたは天神の子を名乗って人の土地をだまし取ろうとするのではありませんか」
神武は言う。
「天神の子は多くいる。あなたの君とする方が天神の子ならその証拠を持っているはずだ』
ナガスネヒコは天羽羽矢(アマノハハヤ)と歩革叉(カチユキ)を出して見せた。
神武も同じ物を見せた。ナガスネヒコは戦いをやめなかった。
このときヤマトに君臨していたニギハヤヒはナガスネヒコを殺して神武天皇に帰順した。
神武はニギハヤヒを天神の子であると信じて寵愛した。
このニギハヤヒが物部氏の祖であると『日本書紀』は伝える。
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物部氏の先祖は神武天皇より先にヤマトの王だった方なのではないですか!
そして物部氏は北九州にも吉備にも尾張にも諏訪にも伊豆にも常陸にもいたのでした。
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