■日本を建て直すカギはいくつかあると思いますが、その重要な一つは歴史教育の改革だと考えてささやかな努力を重ねてきました。全国の小中学校で、こうした歴史教育を20年くらい続ければ、未来に光明を見いだせるかもしれない。そう考えて、微力ながら発信し続けています。
第2回「幕末から明治の日本をこう考えた」
*期末考査の解説を簡単に済ませて書かせてみました。中学2年生です。
◆幕末の長州藩に吉田松陰がいました。松下村塾をつくりました。おかげで、高杉晋作や木戸孝允らという藩を動かすような人たちが出てきました。
日本は独立したいという尊王攘夷運動が始まりました。しかし、動き始めたのはいいものの、生麦事件を起こし、撮影戦争をしましたが、西洋の軍事力は日本の倍以上あると身をもって体験。
また、倒幕運動に変化。その結果幕府は滅亡。明治維新という。
明治天皇が五箇条のご誓文を出し、日本が西洋文明を取り入れる第一歩になった。
また、明治新政府として岩倉使節団が、アメリカとヨーロッパに派遣された。
明治改元以後も西洋列強はアジアの植民地化を進めていた。帝国主義だ。
日本は強い国になろうと、富国強兵を合言葉にした。
殖産興業で近代産業を育成させた。経済力がないと強い軍隊を作れないからだ。
松下村塾に通っていた伊藤博文が出てきて、内閣制度や憲法をつくり、日本を動かしていった。
そしてついに、日露戦争が始まった。普通なら負けてしまいますが、日本の愛国心というものが大きく、この戦いに勝利した。
大国ロシアに勝った日本はとうとう西洋列強と対等になった。独立が守れた!
しかし、西洋列強は、あまり日本のことをよく思っていない。日本はアジアの国だからだと思う。
私なら、心がさびしくなり、こわれてしまいそうで、とてもたえられない。しかし、日本が一つになっていればいるほど、温かみを感じ強くなれる気がしました。
◆幕末から明治までたった50年ほどです。
その間に日本ではいろいろなことが起こりました。アヘン戦争にびっくりしてから、不平等条約を乗り越え、いまの日本があります。
そこにはたくさんの人たちの苦労と努力がありました。
私は江戸城無血開城にいちばん感動しました。
その後も日本はいろいろな苦労を経験しました。
ロシアとの戦争に勝って対等になったにもかかわらず、西洋列強から受ける新たな差別。
しかし、たくさんんお苦労を味わっていく中で、日本がどんどん成長していく姿を、歴史を学びながら感じました。
世界に誇れる輝かしい日本をつくってくれた歴史上の人物たち、そしてご先祖さまに感謝したいと思います。
◆徳川幕府の時代、大きな争いもなくゆらぐこともなかった日本が、世界の戦乱時代の荒々しい流れにまきこまれた。それが幕末だと思いました。
この国を守っていくために、長い歴史のある独立を守るために、西洋の列強諸国の植民地にされないために、武士たちが意見を言い合い、そして、汗と血を流して、命を捨てでも、変わろうとした時代でえした。
私はこの時代が好きです。
尊王攘夷運動、薩長同盟、大政奉還、王政復古、戊辰戦争。
平和だった武士と農民と町人の国が、新たな国に生まれ変わっていく瞬間だと思いながら授業を受けました。
西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、坂本竜馬、高杉晋作など、どの人物も偉大な人々でした。
そして、徳川幕府が滅亡し、明治政府の国家建設が始まりました。
廃藩置県では、天皇中心の中央集権国家を作り、武士も身分もなくなり、列強国に習いながら、素晴らしい国になっていったと思います。憲法を作り、国会を開き、アジア初の立憲国家になり、あらゆる面ですごい進歩をとげていきました。日本はアジアを代表する国になりました。
しかし、強い諸外国とかかわることによって、たくさんの問題に直面して行きました。
外国との争いも多くなり、日清戦争や日露戦争になった時は、どうなるんだろうとひやひやしました。
大きな国清国やロシアとの莫大な規模での戦いが起きました。
でも日本は両方とも勝利しました。たくみな戦術もあり、国民が一丸となった瞬間でした。
そしてやっと西洋列強の仲間入りができました。
でも、この戦いで負けていたらいまの日本は本当になかったと思いました。
私はこれまでの歴史を学び、日本人の国民性や行動力はとてもすばらしいなあと思いました。
また、今この時代を生きる者として、私たちの先祖をとても尊敬しています。
自分も、この国を思う心を持ち、伊藤博文などたくさん偉大な人間のようになりたいと思います。
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