*前回の正解は「独立」でした。
2 講和・安保条約・改正安保条約
①吉田は再軍備には反対し、日本と沖縄への米軍の常時駐留を希望した。安全保障は米軍 に任せて経済復興を進める。
②吉田はアメリカの再軍備要求ががうるさいから警察予備隊、保安隊をつくった。しかし、軍隊にはしなかった。
軍備増強よりも経済復興が「吉田ドクトリン」だが、戦後の日本軍に帝国陸海軍の関係者(当時再軍備計画を水面下で進めていた服部卓四郎ら)にいっさい関わらせたくなかったことも大きかったと思われる。
■国民の多くが、憲法9条と軍隊不保持はアメリカによる日本への懲罰ではなく、平和主義の理想だと考えるようになっていた。
この「平和主義」は、占領軍の宣伝とソ連や国内の共産主義者の謀略によるものだった。米国の「日本に対する安全保障」は冷戦の勃発で「極東及び日本の安全保障」に転向する。共産主義者たちは「日本をいつでも侵略(革命)できるようにしておくため」に平和主義を利用しようと考えた。しかし、そのためには占領軍が出て行かなければならない。
もし、アメリカ軍が日本にいなかったら、日本はどうなっていただろうか?
《解答》たぶん、ソ連が侵攻してソ連の属国(共産主義国)になっていた。
③安保条約を結んだ。
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かんたん日米安保条約(昭和27年)
前文
日本は武装解除されているので自衛権があっても使えない。世界には「無責任な軍国主義(ソ連)」が残っているからとても危険だ。そこで、日本に対する武力攻撃を防ぐために、国内と沖縄などに米軍に駐留していてほしい。
もちろん米国としてはかまわないが、日本も少しずつ自国の防衛は自分で責任を持てるようになってほしい。ただし再び侵略国になるなよ。
第1条
米陸海空軍を日本国内と沖縄などに配備する。この軍隊は極東の平和と安全に寄与し、外国の干渉による内乱・騒擾(そうじよう)の鎮圧など、日本の安全のためにも使うことができる。
第2条
日本は、米国の同意なしに、第三国に軍事的な権利を与えることを許されない。
第3条
日本国内と沖縄などに、米軍を配備する条件は、両国の行政協定で決める。
第4条
国際連盟が世界平和に有効な力を持つか、日米両国がこれとは別の安全保障体制を確立し
たとき、この条約は終わる。
5条
この条約は両国が批准(国会の賛成多数で可決)したとき効力を持つ。
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■この条約で日本はアメリカ軍に基地を提供した。行政協定で、米軍基地は占領期のまま継続され、形式上でも、日本に返還されから後貸与したという形にもならなかった。国民には占領の継続に見え、反米感情が高まった。ほかにも事前協議条項がないなど、属国扱いの規定があった。《戦後日本の不平等条約》
アメリカは講和後も日本を保護し育成するという姿勢を継続した。
④岸は吉田の選択に疑念を持っていた。だから憲法を改正し、安保条約を相互性のある条約に改正しようとした。
⑤改正安保条約(昭和35年)
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かんたん改訂版日米安保条約(昭和35年)前文
前文
両国が(平和の伝統・民主主義・自由主義・法の支配・経済協力・経済の安定と福祉の充実・国際連合憲章の尊重)を重視することを確認し、
両国が極東の平和と安全に共通の関心を持っているこを考慮し、相互協力及び安全保障条
第1条
両国は次のことを約束する。
・国際連合憲章に従う。
・国際紛争を平和的に、平和・安全・正義を損なわないように解決する。
・武力により威嚇又は武力行使を、他国の領土と独立に反して、また国連の目的に反して行わない。
その上で、両国は、他の平和愛好国と協力して国連を強化するよう努力する。
第2条
両国は平和的・友好的な国際関係の発展に寄与し、経済政策の食い違いを除き、経済協力を進める。
第3条
両国は、武力攻撃に対する防衛能力を、憲法に反しないかぎり、発展させる。
第4条
両国はこの条約の実施について随時協議する。また、極東に脅威があるときはいつでも協議する。
第5条
両国は、一方への武力攻撃が、自国の平和と安全を危うくすると認め、憲法に従って共通の危険に対処する行動を取ることを宣言する。
これは国連安全保障理事会に報告されなければならない。また、国連がその平和と安全を回復する行動をとったときに終止しなければならない。
第6条
日本の安全に寄与し、極東の平和と安全に寄与するため、米国は陸海空軍が日本国において施設および区域を使うことを許される。
この使用についての米軍の地位は、両国が協定してルールを決める。(日米地位協定)
第7条
この条約は、国際連合の責任に影響を及ぼさない。
第8条
この条約は両国によって批准されなければならない。
第9条
1951年の安保条約は、この条約によって効力を失う。
第10条
この条約は極東地域の安全を国連が十分に守れるようになるまで効力を持つ。
ただし10年たったら、両国は条約終了の通告ができ、この条約は通告があってから1年後に終了する。******************************************
■岸は憲法改正してから安保改正をという優先順位だったが、不可能とみてあきらめ、安保改正だけやった。「事前協議義務」や極東及び日本の平和と安全を守る義務が明記されたが、日本が基地を提供し米軍が抑止力になるというこの条約の本質は変わらなかった。《相互性が盛り込まれた不平等条約》
■敵国アメリカに占領されていたはずが、そのアメリカが味方になって、米軍の駐留が続くというねじれた状況があった。米軍がいなくなれば共産主義になってしまう可能性が大きかった。そうなってほしい日本人はヤンキー・ゴー・ホームと言った。が、日本の真の独立を願う愛国者にとってもアメリカの存在は不愉快だった。日英条約とは違って、日本には陸海軍がなく、対等な独立国としての条約には見えなかったからだ。
しかし、当分の間、この条約と米軍基地は選択の余地のない日本の運命だった(たぶん)。
さらにしかし、国軍を持ち憲法を改正する絶好のチャンスを、なぜ吉田は見送ってしまったのか? 謎であるとしか言いようがない。そこまでマッカーサーとつるまなければならなかった理由は何だったのだろうか?
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